日本の原風景 レンゲ田

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2014年5月29日木曜日

大垣教区坊守会研修で琵琶湖の沖島(おきのしま)へ その2

さて、ではいよいよ沖島(おきのしま)編です。

沖島は琵琶湖に浮かぶ唯一の有人島。
現在も300数十名の人が住んでおり、島民はほとんどの家がマイボートを持っていて、近江八幡の堀切港の間を行き来しています。

ごはんを済ませた私達は、バスで堀切港まで移動して、船へ。

近江八幡国民休暇村へ行く途中にあります。
漁船がいっぱい並んでいるのは、海の港と変わりありません。
ただ、波は静かです。

港のそばには島民専用の駐車場があります。
乗船者はまちがってもここに駐車してはいけません。
乗船者用の駐車場がまったくないわけではないみたいですが、
どこにあるのかよくわかりませんでした。


通勤通学の人もいるので、早朝からかなり遅くまで船便はあるようです。

片道500円。

堀切港から沖島まではわずかに10分。
快適な船旅です。


船長は手慣れたもの。
なんか、カッコいい。


遠くに見える沖島。


その歴史は古く、かつては無人島だったそう。
藤原不比等(鎌足の息子)が「奥津島神社」を建立。
人が住みついたのは、保元の乱で負けた源氏の落ち武者たちが島にやって来たときからでした。
その時、島にやってきた7つの姓(茶谷ほか)が今も島民の大多数を占めているらしいです。


室町時代にはかの日野富子の夫の愛妾(乳母という説もあり)で
今参局(いままいりのつぼね)という女性が沖島に流される途中で
刺客に襲われ、自害したという伝説もあります。

さて、港に到着。
沖島には車は1台もありません。
島民の家は港の周辺に集中しており、
移動手段は徒歩か自転車・三輪車。
ほんとうにエコな島なのです。

ただし、沖島はいわゆる観光の島ではありません。
生活の島です。
いわゆる観光地に行くつもりで訪れるのは
いささか勝手が違います。
そこがまた良い所だと思うのですが・・

港までは訪れるお寺の住職さんが出迎えていてくださいました。
おきしま資料館

いっぷく堂
おそらく島内唯一のカフェ

狭い路地を通って行った先にこんな立派なお寺が・・


掛蔦山西福寺

蓮如上人の旧跡のある本願寺派のお寺です。
540年ほど前に、この島に住みついた源氏の落ち武者の子孫・茶谷重右衛門
が蓮如さんから法名を頂き、島の東北にある掛蔦に庵を構えたのが最初といわれ、
現在の地に居を定めたのは江戸時代後期、天保13年(1834)とのこと。

何分火事で何度も焼失しているらしく、古文書などは島内にほとんど残っていないのだそう。

さて、このお寺には不思議な伝説があります。
子どもを残して死んだ母親が夜な夜な子供に会いにさまよい出て来るのを哀れに思った蓮如さんが、彼女を成仏させるために名号を書き記したとされています。

西福寺さんにはこの名号と茶谷重右衛門がいただいた正信偈四句の御文、さらに幽霊がお礼にあの世からもってきたとされる表層の絹布は、今も宝物として残っています。

住職からは島の現状についてのお話もありました。
現在、島の小学生は11名。
保育園生はわずかに1名。
この超過疎の状態を打開するために、昨年6月「離島指定」を受けました。

近江八幡に住んでいる人ならだれでも沖島小学校に通えるそうです。

港の近辺では沖島漁礁協同組合の建物があり、小エビと大豆の炊いたものやよそものコロッケ(ブルーギルやブラックバスなどの切り身をミンチ状にして揚げたもの)、えびせんなどが販売されていました。

いろいろと考えさせられることの多い旅でした。
過疎化の進む島や山里で暮らすには、発想の転換が必要だと感じました。

今回は団体旅行でしたので、いろいろ島を見て歩くことができなかったのですが、
またそのうち、ぜひ、プライベートで訪れてみたい所です。

過疎化に悩むのは上石津も同じ。
共通の課題があります。








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