日本の原風景 レンゲ田

日本の原風景 レンゲ田

2012年7月31日火曜日

みんなで守り伝えたい多良音頭

ハァ~ 美濃のた~ら~む~ら
ちょいとすみよいところ♪

本日午後1時半より、メインセンターの和室で「多良音頭」の第1回の練習がありました。
多良地区のみなさんに回覧で呼びかけ、また何人かに御声かけしたものの、実際当日何人来られるかわからず、不安な中で夕べはあまり眠れなかったのですが、20人近い方々が集まってこられ、和気あいあいとした雰囲気の中、とても楽しく練習ができたかと思います。

皆さん、五十年前のことだからあまり覚えていないとおっしゃっていましたが、音楽がかかると体を動かし始め、2回、3回と通して踊るうち、なんとか形になりました。
「すごい!」と男性陣から感嘆の声があがっていました。


多良音頭がつくられたのは戦後、昭和27、8年ごろのようです。
作曲者の下堂前利治さんは当時下多良にあった「まるきち組」という建設会社の社長さんで、作詞者の田中守男さんは同社の事務方のトップだったようで、多良音頭はともに村外から来られた二人によってつくられました。

そこにあるのは半世紀以上前の私たちの知らない多良の風景。
今よりずっと人口が多くて、亜炭堀でにぎわった多良の姿。
まるきち組というのはかなりはぶりがよかあったようで、一時は下多良に病院まで建てていたそうです。

また、多良に楽団があったというのも驚きでした。
アコーディオンやバイオリンなどの演奏もあり、まさに盆踊りは生演奏、生唄、生踊りのLIVEでした。

ある年は大変な災害があり、大雨で多良内の橋がすべて流されたなか、盆踊りどころではないだろうと思っていたところ、いざ、曲が流れ始めると村中から大勢の人々が集まってこられ、盆踊りを踊ったそうです。
多良音頭などの盆踊りが被災者たちに元気を与えたのです。
お話して下さった方が「災害のとき、しょぼんとしとってもあかのやなあ」ということがわかりましたとお話して下さったのはとても感動的でした。
多良音頭の練習のあと、「多良峡小唄」を皆さんにアカペラで歌っていただきました。
半世紀以上も経っているのに、すばらしい記憶力。
テンポの良い多良音頭にくらべ、多良峡小唄は情緒たっぷり。
来年は「多良峡小唄」も復活できそうです。


次回の多良音頭の練習日は8月7日(火)の午後7時半からメインセンターのホールで行います。
夜ですので、仕事の後の運動に、あるいは日頃の運動不足の解消に、ご家族、お友達を誘って、ぜひご参加ください

みんなで多良の宝物を守り伝えていきましょう。
これは多良に住んでいる私たちでしかできないことです。

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