日本の原風景 レンゲ田

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2017年5月9日火曜日

壬申の乱の史跡をめぐる 公民館歴史講座開講

公民館講座スタートウイーク2日目の今日は歴史講座の開講でした。

受講生は20名。文化財保護協会さんの講演会と被ってしまったので、参加者は半分ほどでしたが、先日NHKのテレビにも出演しておられた講師の金森先生と共に現地である時の細野地区へ。
まず、烏帽子岳の登山道入り口の林間広場から徒歩で輿越峠へ。
ここは千数百年前の壬申の乱の舞台となった場所。
壬申の乱とは、日本史上、最初の天下分け目の合戦で、甥と叔父が皇位をめぐって争った戦でした。甥は天智天皇の息子大友皇子、叔父は天智天皇の弟で後に天武天皇となる大海人皇子。ちなみに大海人皇子の妻で、後に持統天皇となった鸕(菟)野讃良(沙羅々)(うののさらら)皇女(ひめみこ)は、天智天皇の娘です。
まさに骨肉の争いでした。
輿越峠は桑名に陣を構えた大海人皇子が関ヶ原に行く途中に通った所だと言われており、妃の後の持統天皇が輿に乗って通ったので、輿越峠と呼ばれているそうで、今もしっかりした山道が残っておりました。
持統天皇は伊勢神宮を今の場所に移した人とも言われているらしく、多賀大社から天照大神を移す際、壬申の乱の折、しばらく行宮(あんぐう)のあった細野に神宮を作るはずであったのが、何らかの事情で叶わず、その行宮の後が祖光寺となったという伝承が残っているということ。

「ひょっとするとここらがおかげ横丁になってたかも」なーんて冗談も飛び交っておりました。

峠散策の後は十剣神社に行き、近くにある祖光寺の石仏群を見学。私、うっかりお地蔵様って言っちゃいましたが、実は阿弥陀さんでした。
古いものは室町期のものだそうで、誰が彫ったものかわかりませんが、石に彫られた阿弥陀さんはとっても可愛らしくて、思わず手を合わせたくなりました。

細野地区には森林アカデミーの先生方と粗朶の生産の体験に行ったので、懐かしかったです。あの時の地元のおじさんたちは元気かな〜?

最初に金森先生から壬申の乱の説明を聞いてから現地へ。


烏帽子岳登山道の入口駐車場から現地へ。
山道を登ること、約30分


ここが輿越峠です。
だれがいつ彫ったか知らないけれど、素朴な阿弥陀さんが2体
山の中ですが、お参りされる方があるのですね。


いなべ市藤原町の古田につながる遊歩道
もとは水路をひくための道だったそう。



後ろに見えるのが烏帽子岳。
通称熊坂山です。
大盗賊の熊坂長範がいたという伝説の山です。


細野の十剣神社


祖光寺の石仏群


その昔は壮麗な七堂伽藍が建っていたそう


時支所にて
受講生の皆さん。
今日は文化財保護協会の総会、講演会と重なったため、
半分ほどの方が出席されました。

次回の歴史講座は6月15日(木)の午前9時~です。
一之瀬地区の長彦神社、二つの桑原邸、ドドメキ谷をめぐる予定です。
集合は一之瀬支所です。
講師は牧田の谷口隆康先生です。
※行き先は変更の可能性あり。一之瀬地区に関しては変更はありません。

興味のある方は、上石津地域教育事務所までお申込みください。



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